小林麻央さんの命日にブログ「KOKORO.」から教えてもらった大切なことを記録したいと思う

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2018年6月22日は歌舞伎俳優 市川海老蔵さんの妻 小林麻央さんの一周忌です。
亡くなって1年がたつことを早いと感じるのか、ゆっくりと感じるのか、家族はどんな思いでいるのだろうと感じます。

乳がんと闘い、闘病の様子や想いをブログで発信していた麻央さん。
当時は私も彼女が更新するたびにそのブログを読み、メッセージを受け取っていました。

私が思う、故人をしのぶということは、その人のことを思い出し、自分が学んだことや影響を受けたことをあらためて確認することだと思っています。

ブログ「KOKORO.」に込められている想い

麻央さんが乳がんの診断を受けたのは2014年。
そこから闘病をしていた中、2016年9月1日からブログをスタートし、自身の状況を赤裸々につづり始めました。

当時リアルタイムに読んでいた私は、

「ブログという手段で 陰に隠れているそんな自分とお別れしようと決めました」

という一文から、幼い子供2人の母として、海老蔵さんの妻として、30代の女性として、生きることや未来に向けていくエネルギーを感じ心を打たれました。

ブログを読ませていただいていると、彼女のありたい姿と現実とのギャップへの葛藤を垣間見ること、進行する病や死というリミットへの恐怖や不安、痛み、悲しみ、希望、夫の海老蔵さんや家族への尊敬や感謝などなど、麻央さんのココロの様々な彩がちりばめられていました。

まさにブログのタイトル通りです。

正直な話、私は医療関係者でもあるので、乳がん患者さんや終末期の患者さんの経過なども想像ができます。

病院、在宅ともに関わっている経験があるので、麻央さんの様子を想い、ただただ祈りを送っていました。

それは、一日でも長く、麻央さんらしく生きられるように。という祈りでした。

麻央さんのどう観られるか?ではなく、どう生きるか?を選択する姿

麻央さんが私たちに届けるメッセージは、明るく勤めていらっしゃる様子も感じました。

それだけではなく、病と向き合うこと、死というもの、生きること、現実の苦しみなども含まれていました。

ただ、それら多くは、ブログを開始する以前の麻央さんがより強く感じていた部分でもあったのかなと思います。

ブログを書くことで彼女は、自分の現在地からありたい自分や未来に向けて、踏み出す一歩を定め、日々生きていたようにも感じます。

それは、弱さやはかなさも含めた人間の強さのようなもので、麻央さんのブログからは人間らしさをとても強く感じました。

ブログを書いたことをきっかけに、麻央さんは英BBCへの寄稿をし、その年の「BBC 100 WOMEN」に選ばれたいます。

その内容の最後、私は深く共感し、そして麻央さんのブログの意義を理解しました。

以下、私がとても感銘を受けた内容の抜粋を。

自分の心身を苦しめたまでの

こだわりは

失ってみると、

それほどの犠牲をはたく意味のある

こだわり(理想)ではなかったことに

気づきました。

そして家族は、私が彼らのために料理を作れなくても、幼稚園の送り迎えができなくても、

私を妻として、母として、以前と同じく、

認め、信じ、愛してくれていました。

私は、そんな家族のために、

誇らしい妻、強い母でありたいと思いました。

もともと、真面目な麻央さんは、何事もしっかりと役割を果たしたい人だったんですね。

だけど、病気になったことで、麻央さんは妻、母という役割を果たす自分ではなくでも、
ありのままの自分で愛されることを学んでいます。

病気になったことが

私の人生を代表する出来事ではないからです。

私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、

愛する人に出会い、

2人の宝物を授かり、家族に愛され、

愛した、色どり豊かな人生だからです。

だから、

与えられた時間を、病気の色だけに

支配されることは、やめました。

なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。

だって、人生は一度きりだから。

出典:http://www.bbc.com

そして、病気が彼女のすべてではないのです。

小林麻央さんのことは、明石家さんまさんの恋のから騒ぎ時代から知っていましたし、キャスター、女優としても活躍している姿も知っています。

市川海老蔵さんと結婚され、梨園の妻として支え務める姿、二人のお子さんの母としての姿も知っています。

私たちはその姿を、笑顔が素敵でお天気お姉さんだった時代や、キャスターとして報道に関わっていた姿、着物をまとい務めている姿を忘れてはならないと思います。

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最期を家族と自宅で過ごした麻央さん

麻央さんは病院での闘病から、自宅へと移り、家での生活をアップしていました。

闘病では家族に見せたくない姿もあったかもしれません。

だけど、もし自分に残されている時間が少しずつでも減っている感覚があったとしたら、私も家族と過ごす時間を選ぶと思います。

無機質な病院のベッド、個室ではなく、家族の声がし、匂いがし、呼べばすぐに来てくれる距離にいたいと思う。

特に子供たちと過ごせる時間はかけがえのないものだったはずです。

麻央さんの様に在宅で最期を迎えることは、病院に比べ穏やかな最期の時を迎えられます。

本人が食べたいものを食べたり、飲んだりできる環境であり、家族と話すこともできる環境。

病院だとそれがなかなか難しい。

例え家族が泊まり込みでいたとしても、そこは家ではなく、病院なのです。
様々な規則や決まりもあったりするわけです。

私自身、病院で看取った患者さん、自宅で看取った患者さんそれぞれ看てきましたが、自宅で過ごす最期は穏やかであり、そして過ごせる時間も長いと感じています。

過度な医療行為はせず、緩和療法をしっかりと受け、穏やかに自宅で過ごせる時間を持つこと。

患者さん自身が望む環境、時間を整えることが何よりも一番大切ですが、私は麻央さんが自宅を選び、それを叶えることができたのは良かったなと一医療者として思っています。

時間がたってもブログを読む、彼女を想うことで故人をしのぶ

現在も麻央さんのブログ「KOKORO.」はMVB(Most Valuable Blogger)として継続公開されています。

夫の海老蔵さんの意向もあり、麻央さんのブログは現在、1つ1つが英訳されて更新されています。

英BBCへの寄稿によって、日本だけでなく海外からも注目を集めた彼女の生き方とメッセージは、亡くなって1年が経つ今も発信され続けています。

「故人を偲ぶ」という言葉がありますが、私は彼女のブログとメッセージを読み、そこで感じることをしっかりと自覚し、自分の人生や生き方、日々の選択に還元させることが大切だと思っています。

人の命が教えてくれることって、本当に尊いものです。

また、海老蔵さんやお子さんたち、お姉さんの麻耶さんといったご家族の活躍を見守ることも故人を大切することだと私は思います。

今日は小林麻央さんとご家族を想い、この記事を書かせていただきます。

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